「スト女」なる表現について

先日放送されたTBS系の「有吉ジャパン」でも出てきた単語「スト女」について考える。
もっとも、自分がその「スト女」とかに分類されるらしい。
よって、客観的な文章となり得ない可能性があることを、冒頭にお断りしておく。

さて、劇場に初めて行ってから、満9年を経過している。
現在、ストリップ客歴10年生。
マスコミ風に言えば、「スト女」歴10年でもある。
本音を言えば、この文章すら書いていて(=打ち込んでいて)腹が立つ。

一人のストリップ劇場の客で良いではないか。
ストリップを観始めてから10年目で、話は通じると思うのだが…。
何故に「スト女」とレッテル貼りをするのか?
女性割引にしても、最近始まったことではない。

拙本「脱衣舞」の第1号の副題は「私、女だけど、ストリップを観てます」である。
確かに、10年前も現在もストリップが男性向け風俗の一種である事実は変わらない。
だが、ストリップの舞台をダンスショーと称する様に、ショービジネスの顔も持っていることは忘れてはならない。
昨今のマスメディアは、風俗以外の視点のみでストリップを取り上げている。
それゆえに、「(男の風俗の)スト(リップに行く)女」と見做しているとしか思えない。
ちなみに、タモリ倶楽部にしても、放送冒頭に「ストリップ女子」の言葉を使っている。

「キレイなものは、誰が観てもキレイだ」
これは、以前、TSで自分が口にしたものである。
ある時、「女性なのにストリップって珍しいですね」と声をかけられた。
自分がストリップを観る理由…を考えて、発したものである。
これを言ったところ、相手の表情が「ぱぁっ」と明るくなり「ですよね!」。

キレイなものをキレイだと感じることに、性別も年齢も関係ない。
「ストリップが好き」の感情も同様である。

だいたい、当事者である女性客が、自ら「スト女」とか「ストリップ女子」と称しているだろうか?
確かに、仲間内の冗談やぶりっ子が言うときはあるだろう。
だが、通常、「私、スト女なんです」等とは言うまい。
「私、ストリップ、行ってますよ」の方が、自然な表現ではなかろうか。

人間は、その理解の範疇を超えたものに対して「レッテル貼り」をすることで安心する傾向がある。
マスメディアの関係者の多くは男性である。
彼らが、ストリップ劇場に通う女性を理解できない「モノ」として、「スト女」とするなら、その認識が間違っている。
これでは、2016年のキンプリストリップを分析することは難しいと言えよう。
なぜなら、この演目は、口コミだけで女性客が劇場に詰めかけ、客席を埋めてしまったものだからだ。
彼女らは、自らを「スト女」と意識してはいないし、自称する訳もない。

過去から現在まで、同一空間・時間を共有する客同士の関係を保持してきた。
が、「スト女」の言葉は、スト客・劇場内に変な「境界」を作りかねない。
ストリップ劇場内は、社会の柵から自由になれる場所でもある。
そこに、より根源的な男女の「区別」を持ち込む必要はない。


私以外にも、多くの女の人が、ストリップを観てます



※今回は、このままうpします。後日、整理修正します。

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